歩行に各期におけるメカニズム

運動学

正常な歩行運動の全体像を理解するには、立脚相と遊脚相を機能的に分割した歩行各期の理解が必要です。

歩行は、人が生活する上で最も基本的な移動手段の一つであり、同時に多関節・多筋連鎖による極めて洗練された運動です。

特に臨床においては、歩行のどの局面でどのような関節配列筋活動バランス制御が起きているかを把握することで、リハビリテーションの戦略が大きく変わります。

歩行のランチョ・ロス・アミーゴ分類とは?
歩行分析において、ランチョ・ロス・アミーゴ分類(Rancho Los Amigos Gait Classification)は、より細かく機能的に歩行周期を捉える手法として広く用いられています。特に、リハビリテーション病院「Rancho Los Amigos National Rehabilitation Center」で開発されたこの分類は、理学療法士が異常歩行の評価や訓練計画に活用しやすい特徴を持っています。
歩行のロッカー機構とは?
歩行は単なる脚の動きの連続ではなく、「ロッカー機構(rocker mechanism)」という効率的な推進戦略が備わっています。このロッカー機構を理解することで、患者の歩行分析やリハビリテーション戦略の質を高めることが可能です。今回は、ロッカー機構の種類・各フェーズの特徴・臨床での意義について詳しく解説します。


荷重応答に備える関節の配列

初期接地で身体はすでに“受け身”の構えを取っている

歩行は、初期接地(Initial Contact)の瞬間からすでに次の荷重応答期(Loading Response)に向けた関節の準備状態が形成されています。

これは「動的準備相」とも呼べる状態であり、骨格系・神経筋系が協調して衝撃吸収のための構造的配列を作っています。

〜具体的な関節の配列〜

  • 股関節:約25〜30°の屈曲
  • 膝関節:5°程度の屈曲(伸展位から軽度屈曲)
  • 足関節:背屈0°付近で、踵接地に備える

下肢は踵接地後の急激な荷重に対応するために、遊脚の終わりの時期に荷重応答のための準備を始めます。

荷重に備える下肢のアライメントは、踵接地直前のごくわずかな時間に配列が完了し、完全な状態で踵接地を迎えます。

遊脚終期に下肢が前方に振り出されると、同側の腸骨は仙骨に対して後方に回旋し、踵接地に向けて仙結節靭帯骨間仙腸靭帯の張力を高めて仙腸関節を安定させます。

また踵接地の直前には、同側のハムストリングスが活動し、それによって仙結節節帯を強固にして仙腸関節を安定化させます。

さらに、踵接地の直前に腓骨の下方移動により、大腿二頭筋を介して仙結節靱帯の張力がさらに高まります。

踵接地の際に、足関節は底背屈0°に配列されます。

この底背屈0°で踵接地することは、足部の安定性に重要な意味を持ります。

距骨の関節面は上方から見ると、後方が狭く、前方に行くに従い広くなっています。

そのため足関節背屈位では距骨関節面の広い部分が脛骨と腓骨の間にはまり込むため、足関節は「締まりの位置」となって、足関節の可動性は制限されます(つまり安定)。

Screenshot

踵接地時に安定したheel rockerを形成するためには、足関節は最も適合性の高い底背屈0°に配列され、安定化を図るというわけです。

また、下腿に対する足部の配列は、足底筋膜を介して連結している後脛骨筋長腓骨筋の共同作用により保障されます。

踵接地直前に後脛骨筋の収縮は内側縦アーチの弱い部分を引き上げ、長腓骨筋が外側縦アーチの要である立方骨を支え横アーチの近位部を保持し足部を下腿上部に連結させます。

膝関節は遊脚終期で完全に伸展し、すべての帯の緊張が高まり「締まりの位置」となって完全に固定され、接地後の荷重負荷に備えます。


衝撃吸収のメカニズム

踵からの床反力をどういなすかが歩行の肝

荷重応答期(Loading Response)では、踵から接地した床反力が体幹方向に一気に伝達されます。

この衝撃を吸収・変換・制御するために、主に以下の3つのメカニズムが働きます。

足関節:ヒールロッカー(Heel Rocker)

衝撃吸収の第一段階は、足関節によって行われます。

足関節は遊脚の終わりに底背屈0°に配列され、踵接地直後から約5°底屈します。

前脛骨筋は遠心性収縮によって足関節の底屈にブレーキを掛けて(ショックアブソーバー)足底接地までの時間を遅らせます。

膝関節:屈曲による衝撃緩和

衝撃吸収の第二段階は膝関節によって行われます。

膝関節による衝撃吸収は最も重要な役割を有しており、この衝撃吸収のメカニズムはheel rockerと連動しています。

踵接地時の膝関節は伸展0°に配列されていますが、踵接地後に衝撃吸収のために遠心性収縮をしていた前脛骨筋は、同時に下腿を前方に回転させて膝関節を屈曲させます

これに対応するように、大腿四頭筋が収縮して膝関節の屈曲にブレーキをかけながら、衝撃を吸収しながら膝関節の15°の屈曲を許します。

股関節・体幹:骨盤の制御

衝撃吸収の第三段階は、股関節によって行われます。

踵接地後に骨盤は約5°遊脚側へ側方傾斜します。

この骨盤の側方傾斜は立脚側の股関節外転筋(大殿筋や中殿筋)の遠心性収縮によって制動され、同時に接地時の衝撃も吸収される。

このように、歩行は体重の1.2倍程度の衝撃に抑えられています

そのまま「安定と推進」へと連続的に移行するのが特徴です。


荷重応答期の関節の動的安定化

支持しながら制動し、推進への準備を整える

荷重応答期では、下肢が体重を支える役割と同時に、次のステップへの移行を見据えた準備動作も担います。

このとき重要なのが「動的安定性」という概念です。

この時期の筋活動は遠心性制御が中心であり、筋が「引っ張りながらブレーキをかける」ような役割を担っています。

動的な筋バランスが崩れると、歩行全体の効率が低下し、転倒や代償運動を誘発します。

特に膝関節の動的安定化は、安定した立脚期を作るうえで重要な要素となります。

膝関節は踵接地時の衝撃を吸収するため「締まりの位置」である伸展位から屈曲するため、きわめて不安定な状態に置かれます。

屈曲位における膝関節の安定化には、大殿筋によるモーメントが重要な役割をもちます。

踵接地後に大殿筋は股関節伸展モーメントを発生させ、この大腿骨を股関節周りに回転させるモーメントは,大腿骨遠位端を脛骨関節面上に押し付ける作用を有し,結果的に膝関節を安定させることになります。

また、大殿筋は股関節を外旋させる作用も有しており、大腿骨を脛骨上で外旋させるのに役立ちます。

一方、脛骨は踵接地から全足底接地にかけて足関節の底屈・外反の動きに連動して内旋します。

大腿骨外旋と脛骨内旋の結果、膝関節は相対的に内旋位に置かれます。

膝関節の内旋は、前十字靱帯(ACL)後十字靱帯(PCL)の交差を強め、大腿骨と脛骨の関節面は、締め上げられるように接合力が強まり膝関節を安定させます。


重心の上昇

歩行は上下運動ではなく“最小化された振り子”

歩行の中間である立脚中期(Mid Stance)において、重心は前方かつ上方に移動します。

このタイミングは、支持脚が完全に体重を受け止めており、最も「立っている」感覚に近い局面です。

〜運動学的特徴〜

  • 股関節:伸展方向へ
  • 膝関節:軽度伸展で支持性強化
  • 足関節:背屈方向へ移行(足部が下腿の前傾を許容)

このとき、身体の重心は倒立振子モデルに従い、エネルギー効率を最大化します。

関節の固定ではなく、「滑らかな運動で制御する」ことがポイントであり、この滑らかさが失われると歩容の硬さや突っ張り感として現れます。

歩行動作において重力が推進力であるということは、推進のために重心を一度上方に持ちあげる必要があります。

荷重応答期における膝関節は20°〜30°屈曲した状態にあり、重心は最も低い位置にあります。

ここから重心を上方に持ち上げ、立脚中期に身体を直配列にするには、膝関節を伸展させなくてはならず、これは、股関節と足関節の協調した巧妙なメカニズムによって行われています。

荷重応答期から立脚中期にかけて、足関節ではヒラメ筋の遠心性収縮により、脛骨の前方への回転にブレーキがかかり回転速度が低下します。

一方で、股関節では大殿筋大内転筋の活動により、大腿骨が伸展する方向に回転運動が起きます。

このとき、脛骨の回転速度よりも大腿の回転速度が速ければ、結果的に膝関節は伸展することになります。

このように立脚初期に最も低い位置に下降した身体重心は、ヒラメ筋によって回転速度が低下した脛骨の上で、大腿骨が回転することにより、膝関節が伸展し、上方へ持ち上げられるのです。


立脚後期と遊脚のメカニズム

一歩を終え、次の一歩を生む推進力

立脚後期(Terminal Stance & Pre-swing):

  • 股関節:最大伸展(約10〜20°)→屈曲方向へ
  • 膝関節:再び屈曲(15〜30°)
  • 足関節:底屈(トゥロッカー)

この相では、特に腓腹筋・ヒラメ筋群の求心性収縮が強く、足部を後方に蹴り出す=推進力を生み出します。

遊脚期(Swing Phase):

  • 股関節:屈曲(腸腰筋が主導)
  • 膝関節:初期屈曲 → 末期伸展
  • 足関節:背屈位を維持しクリアランス確保

ここでの最大の目的は「足尖の引っかかりを防ぎつつ、次の接地に備えること」。

そのため、前脛骨筋の等尺性活動が非常に重要です。

遊脚期における大腿と下腿の連動は、二重振子運動の原理によって行われています。

(図25)。

遊脚初期に大腿が股関節の屈筋によって前方に振り出されると、下腿の慣性によって、関節が受動的に届曲します。

一方、遊脚後期には大腿の前方への回転が股関節伸展筋によって制動されると、下腿の慣性によって膝関節が伸展します。

このように、遊脚は二重振子の原理で、膝関節が股関節に誘発されて運動しているのです。

股関節が十分に機能すれば、遊脚における関節の運動はまったく受動的であるため、複雑な制側をほとんど必要としません。

したがって、正常歩行では足部と床面とのクリアランスを確保するために能動的に膝関節を曲げる必要はなく、かつ、着地のために能動的に膝関節を伸ばす必要もないのです。

多くの症例が遊脚に問題を抱え、「脚を前に振り出すのが難しい」と感じているのは、遊脚のための股関節の機能が不十分であるといえます。。

遊脚のための股関節の機能は、腸腰筋による股関節の屈曲の可否によって決まるといえます。

立脚中期を境に、股関節では腸腰筋が遊心性に収縮して、重心の前方移動にプレーキをかけ始めます。

立脚後期の最終局面において、股関節はステップ長を伸ばすために伸展可動域の大部分を使うため、遠心性収縮をする腸腰筋は引き伸ばされたバネのようにエネルギーを蓄えます。

やがて反対側の下肢が接地すると、急激に体重が反対側へと移動し、それまで体重を支えていた腸腰筋は荷重負荷から解放され、伸ばされたバネが一気に縮まるように求心性に収縮を始め、遊脚のエネルギーを供給します。

同様の現象が腓腹筋にも認められます。

腓腹筋は立脚後期に重心の回転軌道を上方へ修正するために、大きな筋出力で踵離地を引き起こします。

この腓腹筋の強力な収縮力もまた、反対側の踵接地によって荷重負荷が前脚に移動すると、急数に荷重負荷から解放されるため、足関節の底屈と膝関節の屈曲を引き起こします。

足関節の底屈によって、足部が下腿を前方に押し出して膝関節の屈曲を補助し、また、腓腹筋の起始部は膝関節をまたいで大腿骨に付着するため、膝関節を屈曲させて遊脚を補助します。

このように、遊脚における下肢の振り出しは、立脚中期から後期にかけての一連の運動によって、すでにその準備がされているのです。

立脚中期以降に股関節が伸展できなかったり、踵雑地が不十分であったりするような歩行では、脚はきわめて能動的な下肢の引き上げによって行わなくてはならず、歩行全体の自律性を阻害してしまいます。


前額面における制動

“横方向”の制御が歩行を安定化させるもう一つの鍵

多くの臨床家が見落としがちなのが、この前額面制御の視点です。

矢状面(前後方向)の分析ばかりに気を取られがちですが、側方への倒れこみを防ぐ制動機構がなければ、歩行の安定性は成立しません。

〜主な制動メカニズム〜

  • 中殿筋による骨盤の支持:遊脚側の下制を抑制
  • 体幹の側方安定化:腰方形筋・腹斜筋群の連携
  • 足部内側縦アーチの維持:距骨下関節の安定が全体に波及

とくに片脚支持期の骨盤制御は重要です。

歩行中に前額面内で骨盤を水平に支持する筋は、股関節の屈曲角度によって主動作が異なります。

立脚初期に股関節が屈曲位にあるときには、主に大殿筋上部線維が骨盤の安定性に寄与します。

次いで立脚中期に股関節が屈曲0°付近、すなわち直立位まで伸展すると、中殿筋が主動作筋として作用します。

立脚後期に股関節が伸展すると、小殿筋大腿筋膜張筋が活動する。

一方、下肢と骨盤の動的アライメントの形成には、大殿筋のほかにも、大内転筋が重要な役割を有しているといわれています。

股関節の伸展、内転、外旋作用を有するこの筋は、踵接地時の骨盤と大腿の連結に重要な筋です。

大内転筋は、坐骨結節から大腿骨遠位内側に走行し、停止部において内側広筋と連結を有しています。

このため立脚期において骨盤を勝関節の上へ配置させる作用を持つのです。

また、大内転筋は殿筋群によって骨盤の側方安定化が図られている場合に、膝関節が骨盤に対して外側へ変位することを制動します。


まとめ:動作分析から歩行再建へ

歩行は単なる反復動作ではなく、関節・筋・神経の高度な連携による“全身運動”です。

理学療法士が歩行を理解し、再建していくには、各相における力学・運動学・筋活動を立体的・多面的

に評価する必要があります。

歩行をただの観察対象から介入対象へと昇華させる視点へと変化させましょう。

臨床の現場での応用こそが、この知見を活かす鍵です。

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