人工股関節置換術の脱臼予防のための頸部軸回旋運動〜脱臼予防を論理的に〜

疾患別リハビリ
人工骨頭置換術後の脱臼のメカニズム
人工骨頭置換術(Bipolar Hip Arthroplasty:BHA)は、大腿骨頸部骨折に対する一般的な外科的治療法の一つです。しかし、術後の合併症として人工関節脱臼は見逃せない問題であり、その予防には術後の肢位管理や画像評価を通じたインプラント設置位置の理解が重要となります。今回は、脱臼のメカニズムについて詳しく解説します。

大腿骨頸部骨折の病態などについて
今回は、高齢者に多い大腿骨頸部骨折(だいたいこつけいぶこっせつ)について、リハビリテーション現場で役立つ知識をまとめました。特に、病態・分類・画像診断・予後まで幅広くまとめましたので、ぜひ臨床に役立ててください。

大腿骨頸部骨折に対する人工骨頭置換術後の脱臼予防ガイド
高齢者に多い大腿骨頸部骨折に対する人工骨頭置換術(Bipolar Hip Arthroplasty:BHA)は、疼痛緩和と早期離床を可能にする有効な手術です。しかし、術後の脱臼リスクは常に念頭に置くべき問題です。本記事では、手術アプローチ別の概要から、理学療法士が実践する脱臼予防のための戦略(脱臼肢位の理解・生活指導・運動療法)までを体系的にまとめます。

大腿骨頸部骨折に対するリハビリテーション例
大腿骨頸部骨折は高齢者に多く、運動機能や生活の質(QOL)に直結する重篤な外傷です。治療法は大きく「骨接合術(ORIF)」と「人工骨頭置換術(BHA)」に分かれ、術式によってリハビリのポイントも異なります。今回はそれぞれの術式を想定し、理学療法士が押さえておきたいリハビリの流れと注意点を整理します。

インプラントの工夫と設置位置

ライナー径とネックの形態の理解

ライナー径28mmよりも36mm以上で10年積算脱臼率が1/4〜1/2となるといわれています。

また、ライナー径が大きくなるとJumping distanceが大きくなり脱臼しにくくなります。

さらに、ネックの形態は、円形ではない方がインピンジメントしにくいといわれています。

インプラントの設置位置

カップがどの位置に設置されているかを確認することも重要です。

確認方法はレントゲン画像を確認することである程度わかります。

カップの被覆が適度であれば、インピンジメントはしにくいです。

しかし、カップの被覆が多い場合には、インピンジメントしやすいといえます。

では具体的に、どのようにインプラントの設置位置について理解をすればよいのかをまとめます。


脱臼肢位とインプラント設置角度

インプラント設置には以下の2つの角度が関与します:

設置角度定義測定法
外方開角(外転角)カップがどれだけ外側に向いているかX線で測定
前方開角(前捻角)カップがどれだけ前に傾いているかWidmer法 またはCTで推定

ステムの前捻角が10°〜30°の場合、理想的な設置角度は以下の通りとされています。

  • 外方開角:40°〜45°
  • 前方開角:15°〜25°

この範囲を逸脱すると脱臼リスクが増加します。

また、これを見て分かる通り、カップに対して大腿骨頸部が垂直になる位置にして回転させても、インピンジメントしないことが想像つくかと思います。

これを、頸部軸回旋運動といいます。

この、頸部軸回旋運動の位置がわかれば、理論上脱臼しないことがわかります。

つまり、各症例において、この頸部軸回旋運動ができる頸部軸を推定することが、根拠ある脱臼予防につながるのです。


頸部軸を決定する方法

まずは、単純X線画像にて、外方開角を測定します。

その外方開角に対して、ステムネックが直行する線を引き、その線がどの位置でカップとステムネックが一致するかを測定します。

上図でいうと、股関節を20°外転させるとカップとステムネックの軸が一致するということになります。

次に、前方開角前捻角を見ます。

以下図の場合だと、カップに対して20°内旋させるとカップとステムネックの軸が一致します。

つまり、股関節を20°外転させて、20°内旋させた状態がカップに対してステムネックが直交する位置となり、その軸で運動させれば理論上脱臼しない、ということになります。

しかし、前方開角と前捻角は通常CTで測定します(大腿骨課部を元に測定するため)が、CTまで撮影していることも少ないと思います。

実際に、人工関節置換術後にCTを撮影すると、金属によるアーチファクトが大きいため、CT撮影を行わない場合がほとんどです。

前捻角に関しては、Dr.に確認すると良いでしょう。

手術の際に前捻角を確認しているはずです。

では、前方開角はどのように確認するかです。

利用するのは、X線画像です。

Widmer法による前方開角の推定

Widmerら(2004)は、単純X線像におけるインプラントのS/TL比率から、前方開角を推定する手法を提案しました。

画像より:

  • S=0.6cm
  • TL=1.13cm
  • S/TL=0.53
  • 外方開角=40°

この条件から、以下表を用いることで推定前方開角約25°と判断されます。

推定頸部軸角度の求め方:

上例にて、股関節外転20°にてカップに対してステムネックが直交するとわかりました。

また、Widmer法により前方開角が約25°と推定できました。

また、例医師によるとステムの前捻角は約10°との情報がありました。

これらの情報より、推定頸部軸を求めていきます。

  • 前方開角(約25°)+前捻角(約10°)= 35°内旋位35°
  • 股関節外転20°

つまり、この例の頸部軸は、股関節を35°内旋し、20°外転した位置となります。

このあとは、骨模型を使用することをオススメします。

実際に、骨模型を背臥位にし、股関節35°内旋位・20°外転位にすることで頸部軸に一致します

その状態から頸部軸に合わせて屈曲運動を行えば、その症例にとっての頸部軸運、すなわち理論上脱臼しない運動方向がわかります。

例えば、

その方法で股関節90°の状態を確認すれば、端座位時の頸部軸運動が可能な肢位がわかります。

座位指導に根拠を持つことができます。


リハビリ職に求められる評価と指導

術後の評価ポイント

  • 単純X線によるS/TL比率と外方開角の確認
  • CTや術後記録からの前捻角確認
  • 頸部軸と股関節可動域の関係を把握

リハビリ指導の実践

期間指導内容
急性期(術後1〜2週)ベッド上内旋・屈曲・内転を避ける
起き上がり・端座位での股関節位置確認
回復期(術後2〜6週)T字杖での歩行練習中に内旋誘発に注意
可動域練習は外旋・外転方向を優先
維持期(術後6週以降)筋力訓練と動作パターンの再学習(特に中殿筋と外旋六筋
靴下の着脱など生活動作の自己管理指導

まとめ:正しい理解が脱臼を防ぐ

人工骨頭置換術後の脱臼予防には、「インプラント設置位置の把握」と「リスク肢位の回避指導」が極めて重要です。

リハビリ職は、画像を通じた理学的推論をもとに、個別性のある指導と動作観察を行う必要があります。

Widmer法のような客観的評価方法を活用し、確かな視点で患者の安全を守ることが、我々の大きな役割です。

参考文献

  • Widmer KH. A Simplified Method to Determine Acetabular Cup Anteversion From Plain Radiographs. J Arthroplasty. 2004.
  • Miki H. Clin Biomech 2011.
  • Shon WY et al. J Arthroplasty 2005
  • 菅野伸彦「バイオメカニクス研究からみた脱臼要因」関節外科 33(3), 2014
  • Berry DJ et al. JBJS Am 2005
  • Impingement with Total Hip Replacement
    Aamer Malik, MD; Aditya Maheshwari, MD; Lawrence D. Dorr, MD
    J Bone Joint Surg Am, 2007 Aug; 89(8):1832-1842.

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