はじめに
高齢者に多い大腿骨頸部骨折に対する人工骨頭置換術(Bipolar Hip Arthroplasty:BHA)は、疼痛緩和と早期離床を可能にする有効な手術です。
しかし、術後の脱臼リスクは常に念頭に置くべき問題です。
本記事では、手術アプローチ別の概要から、理学療法士が実践する脱臼予防のための戦略(脱臼肢位の理解・生活指導・運動療法)までを体系的にまとめます。
人工骨頭置換術の手術アプローチ一覧
アプローチ | 切開部位 | 特徴 | 脱臼方向のリスク |
---|---|---|---|
後方アプローチ(Moore法) | 中殿筋後縁〜外旋筋切離 | 筋温存・視野良好 | 後方脱臼 |
前外側アプローチ(Watson-Jones法) | 中殿筋と大腿筋膜張筋の間 | 脱臼リスクは低い | 前方脱臼の可能性あり |
直側方アプローチ(Hardinge法) | 中殿筋の一部切離 | 安定性高い | 側方・後方脱臼まれに |
※日本では後方アプローチが一般的だが、施設により異なる。
脱臼の主な原因とメカニズム
術後脱臼は主に以下の要因で起こります:
- 術中の軟部組織損傷(関節包や筋群)
- 誤った体位・動作による過可動域
- 不適切な日常生活指導
- 可動域訓練時の配慮不足
アプローチ別の脱臼肢位の理解
脱臼リスクを下げるためには、アプローチ別の禁忌肢位を把握する必要があります。
後方アプローチ:後方脱臼に注意
- 禁忌肢位:
- 股関節屈曲 >90°
- 内転
- 内旋
➡ 代表例:低い椅子から立ち上がる、正座、和式トイレ、横座り

前外側アプローチ:前方脱臼に注意
- 禁忌肢位:
- 股関節伸展
- 外旋
- 内転
➡ 代表例:ベッドから反動をつけて起き上がる、立位や腹臥位で身体を捻る

理学療法士が行う生活指導ポイント
基本動作(ADL)での注意
動作 | 指導の工夫 |
---|---|
起立・着座 | 高座位で股関節屈曲90°未満に保つ。 |
寝返り | 手術側に寝返る場合は枕で股間保持。 |
ベッド起居 | 痛みの少ない方向から起きるように指導。 |
靴下・靴履き | 長柄の靴べらを使用。 |
※最近では、「頸部軸回旋」を意識すれば、股関節屈曲に関して過度に心配する必要はなくなってきています。しかし、10年前のBHAなどが既往歴にある症例だと、拘縮の影響などにより脱臼リスクが高い場合もあるため、注意が必要です。
生活環境の調整
- 高めの椅子、洋式トイレの導入
- すべり止めマットや手すり設置
- 夜間トイレ時の動線確保と照明
運動療法:脱臼予防と筋力強化の両立
初期(術後1〜2週)
目標:股関節周囲筋の再教育と脱臼肢位回避の徹底
- 臀筋等尺性収縮(中殿筋・大殿筋)
- 足関節ポンプ運動・SLR(制限内)
- 臥位内での股関節外転運動(痛み・可動域に応じて)
回復期(術後2〜6週)
目標:ADLに必要な可動性と筋力の獲得
- 立位での外転・伸展運動(チューブあり)
- 股関節外旋筋(深層6筋群)の促通
- 軽負荷での歩行訓練(歩行器→T字杖)
維持期(術後6週以降)
目標:転倒予防・バランス能力向上
- ステップ運動、片脚立位、ラテラルウォーク
- 腰椎〜骨盤の安定化エクササイズ(体幹トレーニング)
- 転倒シミュレーションによる認知行動リハ
患者教育の工夫
- 3Dイラストや模型を用いた禁忌肢位の説明
- チェックリスト配布で生活動作の理解を深める
- 家族指導で介護時の注意点を共有する
まとめ
人工骨頭置換術後の脱臼予防には、手術アプローチの理解・脱臼肢位の回避・生活指導・適切な運動療法が欠かせません。
理学療法士は、「脱臼を防ぐこと」そのものが最大のADL向上支援であると心得て、包括的な支援を心がけましょう。
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